2011年5月 1日
灰色の輝ける贈り物 / アリステア・マクラウド 中野恵津子・訳
スコットランド高地からの移民の島、カナダ、ケープ・ブレトン。そこに暮らす人々、そこを訪れた人、そこを出て行こうとする人の物語集(短編集)。
うちのお店のスタッフきめちゃんのオススメで貸してもらったうちの一冊で、過疎がすすみ、かつてあったはずの活気が失われている田舎町を舞台に繰り広げられる、人々の暮らし、生きていくことについての物語の数々は、地味だけど、いや地味だからこそ、誰にも身に覚えのある人生の一コマが切り取られている。派手な事件や言葉が一切無いので読み流してしまえばそれまでだけれど、人生のその場面に自分が巡り会ったとき、ふと風景のように思い出されるような物語たちのように思えた。私のお気に入りは「ランキンズ岬への道」。色の洪水のような風景描写と、祖母の心意気にジンとする。
The Boat (船)
「自分本位の夢や好きなことを一生追い続ける人生より、ほんとうはしたくないことをして過ごす人生の方が、はるかに勇敢だと思った」
…私には耳が痛いけど、そう思うときがある。
The Vastness of the Dark (広大な闇)
「俺は今、物事をあまりにも単純化して考えることの危険性に気づいて茫然としている」

楽園への道 / パルカス=リョサ 田村さと子・訳
池澤夏樹=個人編集 世界文学全集2巻目。順に読んでいこうと思っていたら、年1冊ペース…全部読み終えるのに30年かかるのか?!私。
ゴーギャンとゴッホは私の好きな画家だ。ただ単に好きだというだけであって、その二人がどんな性格だったか、芸術史における二人の立ち位置や関係などは全く知らなかった。この物語を読んで二人が密接に?関わっていたことを知り、ゴーギャンの祖母の偉大な生き方を知り、なんだか腑に落ちるところがあった。この物語は、「芸術の殉教者」ポール・ゴーギャンと、その祖母である「スカートをはいた煽動者」フローラ・トリスタンの人生のうち、もっとも力強く意志的に生きた時期を中心に描いている。どちらもその時代の流れからすれば反逆者、それでも自分の信じた道をひた走り(そう、その姿は歩くというより全力疾走のように思える)、世の中からは見とがめられたり迫害されたりしながら、時にすばらしい理解者に恵まれ、それでもマイノリティの中のマイノリティとして志半ばでその生涯を終える…。
読んでみると、ゴーギャンの自分を貫く強さは「自分勝手さ」と紙一重のような気がするけど、祖母のフローラ・トリスタンは「自分勝手」と時代のせいで思われてしまっただけで、自分の思いのままに生きたというよりも、その思いを正しいと信じて、時代の弱者たちを救おうとしたところが大きい…自分を貫く強さは、単に自分の自由のためだけではなかったと思わせられる。フローラは「怒りんぼ婦人」などともいわれてしまうようだけど、その激しさも含めて好きだ(笑)理想や夢を語らないのは、社会のせいのせいではなくて自分に寄るところが大きい。目をこらし、想像し、考え、行動する。自分の楽園への道をひたすら進む、それにも一つの覚悟が必要なのだ。

虹の彼方に 池澤夏樹の同時代コラム / 池澤夏樹
2000年の春から2006年までの間、月刊「現代」の巻頭に書かれたコラムを中心に、その他の新聞や雑誌に掲載された文章もまとめた本。その頃、池澤夏樹は沖縄に住んでいて、政治的話題が周囲に満ちていた。9/11のテロが起こって、偶然のきっかけで池澤夏樹は開戦前夜のイラクに行った。そういう時代。時代というにはあまりに最近のあの頃。コラムの連載が終わって数年経ってからこの本は出版され、その頃一度読んだが、この機会にもう一度読み直してみた。そして、その頃の、本の中で語られている状況と、社会や政治や世界の仕組みや抱えている問題は、今もまたほとんど変わっていないのだということを感じた。沖縄の基地問題は、なんとなく原発の問題と共通する問題を抱えているように思うし、テロで変わってしまった世界の色調は、東北関東大震災と原発の事故をきっかけに、またその色を変えようとしている。今、私たちは世界の変化を、よく見て、よく感じて、リアルにより素晴らしい世界を想像して、動き出さなければならないんじゃないかな?
2011年5月 2日
2011年5月 9日
平松洋子の台所 / 平松洋子
母の遺品を整理している中で、見つけた本。2001年に出版、初版第1刷とあるから、きっと新しいうちに買い求めたのであろう。平松洋子さんの本はいくつか読んでいるけど、母と似たタイプの人に思われる。平松さんの方がずっとずっとアクティブでありますが。
平松さんは数え切れないほどの食を中心とした暮らしのエッセイを書かれている。こんなに色々なものに興味があって、こだわりがあったら、いくら時間とお金があっても足りないだろうと思うのだけれど、彼女はえいやとアクティブにその興味やこだわりを推進する。高けりゃいいもんではない、もちろん安けりゃいいもんでもない、でも自分の「これ!」っていうアンテナに引っかかった獲物は逃しはしない…。そのアンテナのセンスが母と似ている…つまりは私のツボもつきまくるのだ。
もしもセンスが違っても、私がいいなとおもう人は「美学」を持っている。そのひとなりの「美学」。コンセプトとか理論とかルールとか言い方は色々あるかも知れないけれど「美学」ってのが私的には一番しっくり来る。世間の評判とか、周りの人の評価とか、常識的なあるべき論とか、そういうことでなく、自分なりにめいっぱい吸収して消化したあとに生まれる「美学」こそが、人を強く、美しくしてくれるような気がする。ミヤザキアサミもその美学に従って生きるのだ。リトルスターレストランもそうやって今までやって来たのだ。
たぶん彼女は豆を挽く / 庄野雄治
「ささやかだけれど、役に立つコーヒーのこと」と帯にあるように、いわゆるがっつりしたコーヒーの入門書ではない。コーヒーを好きになって、もうちょっと興味を持って、もうちょっとおいしいコーヒーを入れるように努力したくなる…そんな本だと思う。珈琲の入門書としては友人のカイちゃんがつくったおいしい珈琲をごいっしょにの方がいいような気がする。でも全く無の状態から、ちょっと興味を持って読むならこんな本も良いですね。
ツレアイのokayanが懇意の古本屋さん上々堂で見つけて買ってきたのだが、とてもオシャレな本。ツレアイがコーヒーの本を書いたら、とてもこんなオシャレには仕上がらず、がっつりコーヒーに向き合った、多少コーヒーオタク臭のただよう、でも好きな人は好きな本になるだろう…。著者の庄野さんは珈琲の焙煎人で、四国の徳島市で「アアルトコーヒー」という珈琲豆屋さんをやっている。焙煎人には焙煎人の目線があるし、入れる人に入れる人の目線がある。実のところ珈琲の焙煎には、ツレアイより私の方が興味がある(料理人だからかな?)。そんな庄野さんとツレアイには共通点がある。それはロマンチストで佐野元春が好きだということ。でも庄野さんは「私の半分は佐野元春でできている」と書いていたけど、ツレアイの佐野元春濃度は20%ぐらいかな?
2011年5月12日
2011年5月16日
2011年5月23日
2011年5月30日
母のお墓が建ったので、今日確認にいってきました。
人生の中で一番大きな買い物は今のところ、お店を作るときの開業費でした。今回の買い物は、母の遺産からの買い物だから、自腹ではないけれど、自分で探して決めて買うという意味では、とても大きい買い物でした。
母の残してくれた多くはないけど少なくもない遺産、お葬式やなんやかやで使ってきましたが、残ったお金をどうするか??と考えたとき、私が最初に思いついたのが「お墓を買おう」ということでした。
宮崎家のお墓は富士吉田市にあります。祖母が建てたお墓で、なかなか立派。今までは祖父と祖母、そして1歳で亡くなった父の妹が入っていました。しかし、とにかく、遠い。おまけに山の中なので、最寄りの駅なども遠く、基本行くときは車。自然と足が遠のき、祖母が亡くなるまでは年に一度もお墓参りに行かないというような状況でした。だから母は常々「私、死んだら、阿蘇に撒いてね! あんな誰もいないし誰も来ないところに埋められるのはいや!」と言っていたのです。確かにあの場所は遠すぎる。父と妹にお墓を買う提案をすると、わりとすんなり「そうしよう!」ということになりました。
しかしそこからが長かった。お墓って、結局不動産販売+石屋さんの商売なんですね。都会のお墓は高くて狭い、田舎のお墓は広くて安い。土地の値段がそのままお墓の値段に反映されるわけです。さらに都会の狭い敷地だとびっちりとお墓が建てられていて隣同士のお墓がくっついている…お墓長屋とでもいうような感じ。「ゆとり墓地」なんていっているから見に行くと、隣のお墓との間に幅10cmの縁石的なものがあるというだけだったり…となりに老人ホームがあるのでその間に壁を作ってパルテノン神殿風の柱を立てている墓地とか(笑)お墓のある環境、土地としての広さ、全体の雰囲気、値段、見える風景…いろんな条件のバランスをとっていくのがとても難しい。
実際場所を決めてからも、お墓の石の種類(中国産のごく安い墓石からインド産の高級墓石まで)ひとつとっても、やはり安い石は色が薄く劣化しやすいそうで、インドの最高級の石なら色も濃い上に雨に濡れてもカビや劣化の心配が少なく長く美しいお墓であり続ける。形も角をそのままにすると加工料が安いけれど、劣化しやすく水がたまりやすくカビになりやすい。角を丸くし、柔らかく傾斜させ自然に雨などで多また水が流れやすいような形に加工する…その加工が複雑であればあるほど加工料が高くなる…「宮崎家」と掘るのが一般的だけど好きな文字を掘る人もいる…「千の風」とかいう人もいた。
そういう細々したことを決めていって、家紋を調べて掘ってもらい、場所を決めて…。で、石屋さんに発注して三ヶ月。やっとお墓が建ちました。
南アフリカ産「インパラブルー」という、黒っぽくてところどころに青く光る石が入るきれいな石。「宮崎家」の文字は、okayanのお母さん(昔、書道家を目指していて達筆!)に書いていただきました。町田の、管理が行き届いた公園墓地の一角、晴れた日には丹沢連邦と富士山が見えるところ。少しだけどお墓の周りに芝生があって、霊園には櫻も咲く、風光明媚なところに、母のお墓が建ちました。
7月18日(海の日)、実家にある母の遺骨を納骨します。一緒に富士山の麓のお墓から、祖父母と小さな伯母のお骨も改葬します。これからは一時間でお墓参りにいけるね。
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