プランナー魂。
母の葬儀は無宗教の形式で行った。生前、母がそれを望んでいたからだ。
無宗教式というのは決まりも何もない、自由な分だけ、葬儀屋さんも慣れてはいないようで、こちらから提案しないと、何も打ち合わせがすすまない。「何をしたいか考えておいて下さい」…って言われてもなあ。お経は唱えない、じゃあ献花形式にしよう、母は花が好きだったからね。普通はプロフィールを紹介するらしい。告別式では病気の進行についてとかも軽く触れたりするらしい。
葬儀屋さんのサイトや一般常識の情報ページなどを見ながら、普通はどんなことをするのか、そのなかで不必要なのは何か、逆にその穴を埋めるべきか、埋めるなら何で埋めるか…。あれこれ調べたり考えたり打ち合わせたりする私は、即席の葬儀プランナーであった。父と妹は親戚や訪問客の対応に追われ、逆に葬儀の企画や打ち合わせ事務仕事の一切は私が任せられる形になったのだ。
私もプランナーを10年もやっていた身だ。葬儀プランナーだってなんとかやってやろうじゃないの。
母の死は辛いし哀しい、けれどそのあとにやって来た「しなければならないこと」の山は、私たち家族が哀しみの底へ落ちないための命綱になった。
祭壇はどのようにするか、棺は、骨壺は、火葬場のグレード(!)は、時間は、列席者は何人ぐらいになりそうか、会場はどこにするか、供食のおもてなしはどのくらい用意するか、香典返しは何にするか、メッセージカードのデザインはどうするか、献花の花はどの花を何本用意するか、祭壇の他に飾る花の手配はどうするか、友人代表の挨拶は、受付は誰に頼むか、音楽はCD−ROMに落として渡す、火葬場に行く人は誰か、人数は、帰ってきてからの食事は何人前か、どの値段のものにするか…ありとあらゆる細々としたことを決めていく。
困ったのは、お経を読まないので間が持たない、ということで、音楽を流すだけでは寂しいのではないかと葬儀屋さんに言われたこと。色々考えた結果、「そうか、お葬式だと思うから考えが行き詰まるんだ。無宗教式なんだから、もっと自由に考えればいいのだ。もっと…そう、結婚式ぐらいの気持ちで母を送った方が良いのではないだろうか?」という結論に行き着いた。
祭壇も献花する花もピンクと白(母は意外と可愛らしいものも好きだった)にし、友人代表の挨拶を頼み、プロフィール紹介は長めに、母の人となりを伝える楽しさを含めたものにした。そして告別式では母への手紙を読むことにしたのだが、妹に書いてと頼むと「いや!本当にそういうの苦手なんだから!!」とかたくなに拒否された。妹は結婚式で母への手紙を書くことも最後までかたくなに拒否していたのだが、ダンナに説得されて書いたという前例を持っている。とにかく文章を書くのも得意ではないからと言い訳していたが、読みながら泣いてしまうのもいやだったのだろう。父は喪主の挨拶があるし、やっぱりここは私が手紙を書こうということになった。大体私は、自分の結婚式を自分のお店でやったため、形式にとらわれずやりすぎて、母への手紙とか感謝の言葉とかを書き記したことがなかったのだ…やっぱりここは私が書くべきだろうと思った。
そうは言っても葬儀プランナーをしつつ、来客の対応だって全くしないわけにもいかない…何だかんだで2日の猶予はあっという間に過ぎ、お通夜の当日を迎えてしまった。まだ手紙は1行も書いていない。なぜかと言えば、結局お通夜・告別式の進行表やら、司会者が話す内容の原稿、母のプロフィール原稿などを、すべて私が書いていたからである。情緒に浸って手紙を書いているヒマなどない。頭は完全にプランナーモードである。
よし、わかった。諦めた。告別式当日の朝、書こう。
お通夜の夜から告別式の朝にかけては「夜とぎ」といって、母のかたわらで家族が寝ずの番をする。告別式は12:00からだから、会場に泊まった日の朝ならたっぷり時間があるに違いない。夜に書く手紙は重くなりやすい…メランコリックに、情感豊かすぎるように。朝、すっきりした頭で、母と向き合おう。

