2010年11月 1日

1Q84、考える人・村上春樹インタビュー。
1Q84 BOOK 1 1Q84 BOOK 2 1Q84 BOOK 3 考える人 2010年 08月号 [雑誌]
だいぶ前のことになるけれど、村上春樹「1Q84」と、雑誌「考える人」の村上春樹ロングインタビューを読み終えた。
私にとって村上春樹は「一番好きな作家」ではないけど、「新刊の小説が出たら絶対読みたい」小説家の一人である。この「1Q84」はBOOK1が発売されてからだいぶ後、遅れて発売されたBOOK3まで発売されたさらに後で、まとめてかって一気読みした。読む前には賛否両論、というかどちらかというと「否」の評判を聞くこと、目にすることが多かったけれど、結論から言うと、私には面白かった。

小説に何を期待するか、ということがある。面白いストーリーやぐいぐい引き込む世界観、新しい提案や意外性、衝撃的な展開を期待することもあれば、癒し、慰め、なんかを求めることもあるかも知れない。私の場合、多分、その小説世界をすべて、まず受け入れてみることから始まる。そしてそこに私にとって何らかの「気づき」があると「面白い」と感じるのかも知れない。
私も某巨大宗教団体の熱心な信者を祖母にもっていたので、宗教というもの、信心というものを身近に感じながら生きてきた。それは自ら選び取ったものではなく、祖母から与えられていたものだ。あたりまえに与えられすぎていて、ある時まで違和感はなかった。でも物心がつき、自我が強くなっていくにつれ、生じた疑問や新しい世界への興味などから、祖母の与えてくれる教えは、祖母を傷つけない程度に聞いているだけで、私はもっと他の世界に「何か信じるもの」を求めるようになった。両親がその宗教の信者ではなかったことが、私を自由にさせてくれた、私はラッキーだった。私は宗教というものに興味のある、ちょっと変わった高校生だったかも知れない。そして今は、何かを信じる人に、ある意味寛容な大人だと思う。
宗教は必要だし、人には何か信じるものが必要で、それが自分だったり友人だったり神様だったりするのだと今は思う。人は自分の信じるものを守るために、時として他の人の大切なもの、大切な世界を傷つけ、踏みにじる。もちろん自分の世界を守るためには何をやっても良いわけではない。でも、どんなに気をつけても、誰も傷つけずに生きてきた人などいないのだ。そして自分の力の及ばない、何をどうやったって自分の力ではどうしようもできないことに出会ったとき、人は祈る。
青豆さんは、そうなっていたかもしれない、もう一人の私かも知れない。
私は自分の目に見えない世界の存在を違和感なく受け入れることができるし、受け入れないこともできる。そして自分で選び取った世界で生きていくのだ。時には、自分で世界を作り上げていくのだ。ラブストーリーとも言える、でも、愛こそは信じる心の核心だと思う。ひとつの宗教だ。

さらに村上さんのインタビューを読んで、仕事に向き合う姿勢に共感を持つ。昔、「体を鍛えなきゃ良い小説は書けない」というような発言を聞いたときに、へー、ほー、すごいな、ストイックだな。と漠然と思った。小説家とか芸術家というのは自堕落に、思いのままに、感性のままに生きてそれを表現するのがひとつのかっこよさみたいなものだという、世間の常識がある。でもそうではなく、自分が表現したいことを全力で表現するため、体を鍛え、自分を整え、端正に作品を整えていく。
体力仕事。
小説を書くのも料理を作るのも同じだと思う。適当に感性で作って美味しく作れる料理人は天才だ。でも私は凡人なので、いつも自分が全力を出すことができるように、体調を整え、体力をつけ、自分を良い状態にもっていった上で、全力で料理を作る。そのくらいしないと、「おいしい」といってもらえるものは作れないという覚悟でやっている。とくにこの年になると、自分の体はメンテナンスしないとまったく言うことを聞いてくれない。


村上春樹は誰が何と言っても、よい小説家なんです、わたしにとっては。
 

ひさびさの、チカぱんなう。
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誕生日にヒデキにもらった、パティスリーNAOKIのコンフィチュールをおともに。

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2010年11月 8日

吉祥寺、スパ吉でランチ。
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先日お店に来てくれたスパ吉のスタッフの方に「ぜひ来てください!」と誘われ早速来てみました。もっちり手打ちの生パスタ(リングイネ?)が、ガッツリうまい。痛風のツレアイを嘲笑うかのように、明太子といかとうにのパスタをいただく。男!ってかんじの味わい。ガッツリ気分にはいいと思う!

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2010年11月 9日

ベンダ・ビリリ!

吉祥寺、バウスシアターにて。

http://bendabilili.jp/movie/index.html

屈強のコンゴ魂

コンゴの路上で生活していた、車椅子のミュージシャンたち。体に障害があっても内面は強く、美しく、輝いている。「ベンダ・ビリリ」とは「外見を剥ぎとれ」という意味で、「内面(の精神)を見よ」ということ。そういうバンド名を名乗る彼らの歌う歌詞は、飾り気もなく、生きた言葉として、素直に心に響く。もちろん、メロディも。作為のない魂から紡ぎ出されるメロディ。素直に感動した。

彼らが三鷹市公会堂に来て演奏していたというのに、見過ごしたとはなんたる不覚!!

コンゴといえば、高野秀行の「幻獣ムベンベを追え!」で登場した国というイメージ。

幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)
諦めない。人生に遅すぎることなどない。諦めてはいけない。受け入れながら、希望を捨てない強さ。生きるってことを楽しく力強く美しく感じさせてくれる。
 

2010年11月20日

2010年11月19日、21:30。母逝く。
[ ミヤザキの日々暮らし。, 病室日記 ]

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人生で出会った人のうち、一番尊敬している人。

母が2010年11月19日、21:30。

くも膜下出血のため、この世を去りました。

享年63歳。

倒れてから2週間の昏睡状態を経て、危篤に陥ってから1週間での旅立ちでした。

心の準備をするべき、長いお別れの時間をくれたことを、感謝しています。

強く、優しく、厳しく、美しく、賢く、楽しい人でありました。

母として、先輩として、友人として、自慢しても仕切れない、素晴らしい人でありました。

宮崎曜子の娘に生まれたことを、誇りに思っています。

こういうとき、本当に、当たり前の言葉しかありません。


ありがとう。

絶対にしあわせになって下さい。

また、おかんの娘に生まれたいと思います。

 

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