この定休日は布団を干し、衣替えを半分だけすませ、歯医者に行き、美容院に行き、と雑務をこなしてから、夜はうちのお店の日曜担当アルバイトかなやんと、相方okayanと、おなじみ阿佐ヶ谷「潮州」へ飲みに出かけた。
なぜこのメンバーかというと、かなやんとゆっくり話すため。話をじっくり聞くため。
うちのお店でアルバイトをしてからというもの、新しい人や価値観、考え方に出会い、人生がめまぐるしく動いてしまったかなやん。彼女はその変化に倒されまいとして、いま必死で頑張っているところで、けれどまだまだ経験不足や耳年増な部分があるが故に、なんとなく無理が生じていて、彼女自身自分をもてあましているような感じを受けた。
ガスを抜かなくちゃ。
大人に囲まれていることの多かった彼女は、大人っぽい口を利くけれど、まだまだ子供だ。でもこの大きな変化を乗り越えるためには、「いつまでもそのままでいいんだよ」「カワイイかなやんでいてね」というわけにもいかない。彼女の人生の中で、今、とても大切なところを彼女は歩いているのだ。子供扱いして甘やかすよりも、独り立ちしてもらうためにスパルタで苦言を呈さなければと思うことも多い。
幸い、かなやんは私のことを信頼してくれ、少々厳しいことを言っても、理解しようと努力してくれるし、共感してくれる。彼女は賢い。そして感受性豊かだ。相手の気持ちをきちんと感じることのできる子なのだ。
だから、私は彼女に対して、「口うるさい大人」でいることに決めた。
私は10年前は、手のかかる、面倒くさい子供だった。けれど辛抱強く話を聞いてくれ、助言してくれ、時に叱り、励ましてくれた、「口うるさい大人」たちのおかげで今の私があるのだ。
許してくれて、認めてくれて、誉めてくれる大人も必要だ。でも今の彼女に必要なのは、「口うるさい大人」なのではないかと思う。その存在が、彼女の今の重大な局面を乗り切る糧となり、人間としての力を作る。私が彼女ぐらいの年の時に、口うるさい大人たちに育ててもらったように、私は彼女に対して誠実に、自分の考えを伝えて、彼女にとって口うるさい大人であろうと思う。
それもこれも、かなやんが大好きだから。
かなやん、大学卒業のため、うちのお店のバイトも今年いっぱい。
さびしくなるなあ。
かなやんさんは、しばらくどこか旅にでも行ってきたらいいんじゃないですかね。予算が許せば。それもヨーロッパとかじゃなく、カンボジアとか、インドとか、思いっきり濃ゆいところ(笑)。
思い返せば、僕も20代前半の頃までは、誰に対してもトゲトゲに尖っていて取りつくしまもない、ヤなやつでした。それを変えてくれたのは、異国の地で出会った見知らぬ人たちの笑顔だったんじゃないかと今になって思います。
Posted by: yama_taka at 2006年12月 7日 02:41お久しぶりです!
確かに、若い頃にそのような苦言を
言ってくれる人は必要ですね。
私は、聞かなかったけれど・・・
でも、その当時は理解できなくても、
色々な経験を積んでゆく上で、
あの時の言葉は、こういうことだった、
と思ってくれるだけで良いと思っています。
それができなければ、必然と言ってよい程、
だれも相手にしてくれなくなるもんね。
こんなことが解るというのは
ヤッパリ年をとった証拠なのかなぁ・・・
>yama_takaさん
今は飄々としているyama_takaさんにも、そんな時代があったんですね(笑)
そういう時代があったからこそ、今があるってコトでしょうね。
私も人との出会いにどのくらい救われたか、自分が変わったか。
かなやん、連れてって下さい、ラダックに(笑)
>天使の卵さん
年をとったと言うより、大人になったといいましょうよ、お互いに!
ほんと、その時はよく分からなくても、あとからジワジワ効いてくるコトって
たくさんあります。
苦言ほどよく聞いて、理解しようとする必要がありますね。
誉めてもらって調子に乗ることも、時には必要と思いますけど(笑)
<少年から大人になった>でした(苦)
褒めることも、叱ることも、いずれも大切。
大きく分けて、
褒めてやらなければいけない人と、
叱ってやらないとダメな人と、がいる。
その人をよく観て、そのバランスを決めていく、
そんなことを何気なく教えてくれた、
恩師が私の宝です。
でも、案外難しいですね。
Posted by: 天使の卵 at 2006年12月22日 12:42意外と誉められないとダメな私です(笑)
が、今思えば若い頃は叱られるの7割誉められ3割で
丁度良かったような気がします。
自信家だったので、そのハナをへし折られることによって
逆に本当の力が自分についたんだな、と思うことがあります。
友人としての助言ももちろんですが
お店ではスタッフを育てるという意味で
誉めると叱るのバランスが大事ですね。